【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは? (後編)高市政権は“帝国日本”の凋落を加速化させた理由【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは? (後編)高市政権は“帝国日本”の凋落を加速化させた理由【中田考】

《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第5回】

中国外務省報道官の会見(2025年12月8日)

 

◾️2.死文化(obsolete)とは何を意味するか

 

 日本の外務省は中国の批判に対して11月23日にⅩで公式に「1995年の国連総会で同条項は死文化したとの認識を規定した決議が採択され、中国も賛成票を投じていると強調し、死文化した規定がいまだ有効であるかのような発信は、国連で既に行われた判断と相いれない」と反論した[7]

 まず基本的な概念から説明しよう。「死文化した」とは英語の「obsolete」の訳語であるが、Cambridge Dictionary が not in use anymore, having been replaced by something newer and better or more fashionable と定義しているように、時代遅れ、使われていない、のような事実を表す形容詞でしかなく、法的な「無効(void, invalid, null, invalidated, annulled, nullified)」を意味しない。

 特に国連憲章は改正手続きを第110条5項及び6項で、憲章の改正は総会の加盟国3分の2の多数による決議と安全保障理事会の常任理事国を含む加盟国の3分の2による批准を必要とすると定めているため、「死文化した(obsolete)」と決議しても、それは法的には改正されておらず有効なままであることを意味するに過ぎない。

 日本政府が国連で4回にわたり敵国条項の削除を公式に申し入れているがいずれも相手にされなかったことは既に述べた。1995年の国連総会は敵国条項がobsolete(時代遅れ)であると確認し、将来の憲章改正に際して当該条項の削除に向けて作業することを決議している。更に2005年の国連総会は加盟国首脳が次回の憲章改正の際に国連憲章から「敵国」の言及を削除することを決意すると表明したことを成果として決議した。これらも外務省は中国への反論としてあげているが、“敵国条項”は現在もいまだ法的に有効であることだけが厳然たる事実である。

 日本はこれまで何度も敵国条項の削除を公式に求めてきた。私見では「戦略的曖昧さ」に照らして、それも下策であった。なぜなら削除されない限り日本は“敵国”のままでありその法文も法的に有効であり続けることが分かっているからこそ削除を求めたと、削除要請自体が“敵国条項”の法的有効性を認めたことになり、それにもかかわらず削除されなかったという事実によって、更にそれを再確認することになったからである。

 それゆえ外務省は“敵国条項”の「厳密な法的議論」から故意に論点を逸らし“敵国条項”が「時代遅れ(obsolete)」で現在の状況では時代錯誤で適用できない、という「政治的」議論に逃げ、あたかもそれが「合法性」の問題であるかの如き「印象操作」をしているのである。それが悪いと言っているのではない。むしろそれこそが戦勝国クラブとしての国連が、改正のハードルが限りなく高い国連憲章に“敵国条項”を書き込んだ立法意志だからである。

 第一次世界大戦で戦勝国は1919年のヴェルサイユ条約で敗北したドイツ帝国が軍事大国として再び帝国主義的拡大を行えないようにドイツ帝国を解体し、軍事的、領土的、政治的、経済的に苛酷な制裁を課した。にもかかわらずナチス・ドイツの台頭を抑えられなかった反省から、民衆の強い反撥を招いた経済制裁を緩和する一方で武装解除と思想統制を組み合わせたハイブリッドな敗戦国処理体制を構築した。“敵国条項”は事実上国連憲章を作った後の拒否権を持つ安保理常任理事国である米英仏中ソが、敗戦国によって再び侵略を被ったとみなした場合には国連の許可なく独自に制裁を加えるフリーハンドを確保することで、敗戦国の帝国主義・覇権主義的軍拡への抑止効果を狙って挿入されたものだからである。

 そして“敵国条項”が削除もされず、法的に破棄される(abrogated)こともなく時代遅れになって事実上死文化されている(obsolete)が、法文として有効な(valid)ままに残っている現在の状態こそ、「戦略的曖昧さ」に照らして最適解であるからこそ日本などの再三にわたる削除要求にもかかわらず、法的に無意味な決議には賛同しても、同意が必要などの常任理事国も真剣に廃棄の手続きを進めようとしないのである。

 常任理事国は自国の判断で“敵国”の侵略に対して国連憲章に妨げられることなく合法的に武力制裁を加えることができる。そして国連安保理における拒否権を有する国は、国連安保理が唯一合法的武力制裁を科しうる機関である以上、国連軍による合法的な制裁を科されることは有りえない。そのため、核兵器を有する安保理常任理事国による攻撃を受ける可能性が否定できない。それゆえ“戦略的曖昧さ”に照らして、“敵国”条項を適用される敗戦国は、常任理事国に再び覇権主義的侵略を準備しているので制裁を加えたとの口実を与えないように慎重に行動する、つまりもはや第二次世界大戦を引き起こした「不法な」行動を取らず、“敵国条項”がもはや時代にそぐわず現状では実際に適用する必要がない死文と化している(obsolete)とみなされるように、旧悪を悔い改心し戦勝国が定めた秩序に忠実な優等生として振る舞うことを余儀なくされる。それがまさに“敵国条項”が死文化しており使われる状況にない、という国連決議が中国も含めた絶対多数の賛同により可決された1995年の現状であった。

 それ以降も歴代首相たちは中曽根元首相、安倍元首相でさえ在任中は中国にとって「核心的利益に関わる」台湾問題に武力干渉するとの言質を与える発言は決してしない「戦略的曖昧さ」を守ってきた。中国もこれまで日中関係がどんなに悪化した時でも日本の政権を名指しして“敵国条項”を公式に持ち出して非難することは決してしなかった。それは戦勝国の国連安保理常任理事国である中国は、国連軍による合法的制裁を恐れることなく“敵国条項”の独自解釈により一方的に敗戦国日本を懲罰することができるが、その解釈が他の常任理事国などの他国によって支持されるとは限らず、国連軍による法的制裁は受けなくとも、アメリカの“戦略的曖昧さ”により日米安全保障条約による米軍の反撃を含む政治的に好ましくない問題を引き起こすリスクを犯すことになるからである。 

 つまり“戦略的曖昧さ”に照らすと、“敵国条項”を実際に適用することは「合法」ではあっても、適用してしまうことで、政治的に支持されるか、支持されないかの不確定な結果のどちらかを確定させてしまい、政治的に好ましくない結果をもたらしうるリスクを伴うので実際には使用しないことが中国にとっても最適解である。


[7] 「中国大使館「敗戦国に軍事行動取れる」とXに投稿、外務省反論「国連の旧敵国条項の死文化に中国も賛成」」2025年11月23日付『読売新聞オンライン』参照。2025/11/23 20:32

 

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<著者略歴>

高市早苗(たかいち・さなえ)

1961年生まれ、奈良県出身。神戸大学経営学部卒業後、財団法人松下政経塾政治コース5年を修了。87年〜89年の間、パット•シュローダー連邦下院議員のもとで連邦議会立法調査官として働く。帰国後、亜細亜大学・日本経済短期大学専任教員に就任。テレビキャスター、政治評論家としても活躍。93年、第40回衆議院議員総選挙奈良県全県区から無所属で出馬し、初当選。96年に自由民主党に入党。2006年第1次安倍内閣で初入閣を果たす。12年、自由民主党政務調査会長女性として初めて就任。その後、自民党政権下で総務大臣、経済安全保障大臣を経験。2025年10月4日、自民党総裁選立候補3度目にして第29代自由民主党総裁になる。本書は1992年刊行『アメリカ大統領の権力のすべて』を新装重版したものである。

 

 

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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